忌野清志郎さんが亡くなりました。去年、がんが転移したと聞いたあたりから、僕も心のどこかではある種の覚悟をしていたと思うのですが、やはりショックです。あまり声高に語ってこなかったんですが(そして亡くなったからって急に語るなんてダサいとも思いますが)、僕、キヨシローには多大な影響を受けてます。かつての僕は彼になりたかった。
忘れもしない昭和61年、小学6年の夏、当時ベストテンのヒットチャートに夢中だった僕は、商店街の貸しレコード屋でふと、RCサクセションの「ハートのエース」というアルバムに遭遇します。子供心に「忌野」という字面が悪者っぽくカッコよく思えた(笑)のと、妙な「予感」みたいなものがあって、そのレコードをレンタルしてみたのです。家に帰り、プレイヤーの針を落とした瞬間、あのヒステリックかつウォームな奇天烈ボイスと、みだらで優しい言葉が聞こえてきて、プルっときました。人生が変わった瞬間があったとしたら、あの時です。
あきらかに、それまでの日常では目撃しなかったタイプの人間。誰にも似てない、あの声に触れた瞬間、色々わかりました。この世で一番大事なのはオリジナリティーであること、一秒だって媚びちゃいけないこと、太り過ぎよりは痩せ過ぎの方が好ましいこと。
「ロック」という言葉はその後ちゃんと知りました。
そっからはもうまっしぐら。手あたりしだい。「ティアーズ・オブ・クラウン」というライブ盤なんて、MCどころか「空気」まで完コピした自負があります。だって好きだったから。
好き過ぎて、キヨシローみたいな歌い方のバンドとか、殺意を抱くくらい嫌悪しました。好き過ぎて、一度も「ライブを観に行こう」という発想にすらなりませんでした。正直、RC解散後の彼の作品はフォローしてないし、後年のイデオロギー的な部分(君が代がどうとか9条がどうとか)は一切興味なかった。逆に言えば、手を伸ばせばいつだって手に入ると思ってた。だって好きなまんまだったから(ライブ観れなかったのは悔やまれます‥)。
3年ほど前に一度だけ、最寄り駅の駅前を、自転車で風のように駆け抜けるキヨシローに遭遇したことがあります。わずか2秒ほど。「あっ、キヨシローだ!」と思いました。
一日たった今でも、まだピンと来てないし、YouTube見ててもカッコいいだけで、全然泣けてきません(笑)。お葬式もクアトロの日なので行けません。
けどよく考えたら今オレ、キヨシローと同じ職業なんだなあ、と思うと、こみあげてくるものを感じます。この事実にもっともっと、感謝しなくちゃいけないのかもしれません。
心よりご冥福をお祈りいたします。

