今回の無罪判決を、マイケル・ファンのぼくは単純には喜べない。93年の最初の事件からはじまったこのような騒動の中で、あれだけマイケルを罵倒し、罠にかけ、リンチし、あざけり、罵り、犯罪者扱いし、嘲笑し、それで銀行口座からクレジットカードから、ネヴァーランドのすみずみまで捜査したのに、証拠がないから無罪だなんて・・・。
こんな冤罪で、史上稀に見る天才アーティストを完膚なきまでに痛めつけ、問題の表面の「面白さ」だけを報道し、間違ってたら知らんぷりのマスメディアにこころから怒りを感じる。 特にワイドショーのコメンテーター、Dブ・スペクター、とか黒田F美とかほんと酷いね。恥ずかしい。黒田F美とか「この事件が無罪なら、こどもを育てている世の中の母親は安心できないですねー」みたいなこと言ってた。あ〜馬鹿馬鹿馬鹿。愚か過ぎてぼくが汗かくくらい。
だからちゃんと調べろよ。あんたマイケル・ジャクソンきちんと聴いて、ちゃんと今までの歴史とか、事件の流れとか、相手の家族とか理解してそのコメントいってんの?絶対違うやん。
自分のスタンス・ゼロで、思い込みと流れだけで発言してる。もしよくわからんなら「真相はどうなんですかねー?」とかごまかせばいいのに、勝手に犯罪者と決めてる。
怖いですよ、ほんとに。彼女だってどこかのデパートで自分の口紅か指輪かなんでもいいけど、そこで盗んだことにされて、全部調べられて、裸にされて写真撮られて、家もむちゃくちゃにされて、テレビで泥棒扱いを10年もされて、最後の最後に「とってなかったです。すいません」でおしまいだったらほんと悲しいと思う。そういう想像ないのかな?おれだったら、間違えられて脅されて1時間で無実が立証されて帰されてもほんと腹立って悲しくて立ち直れない。
それも相手はマイケル・ジャクソンですよ・・・。こどもに対するスケベ行為をはたらくというレッテル張り。これは、どれほどの屈辱だったでしょう。
「アマデウス」という映画で天才モーツァルトは若い頃からもてはやされるが、だんだん年を経るごとに当時の人々に疎ましがられ、ほぼ間接的に殺されてゆく光景が描かれている。今現在、世間の人がマイケルの才能や音楽を大切にしないのは、くだらない音楽家を持ち上げながら、天才モーツァルトをバカにして殺してしまったあの時代の人と同じだ。
遠藤周作が書いていたけれど、イエスも当時の人からバカにされ、嗤われ、ほんとに一部の支持者だけが残って磔の刑になったという・・・。ぼくはキリスト教徒じゃないけど、なんかそういう人物が愛の大切さを訴えて、無惨に殺されて、それをほんとに理解した人が必死でその人の愛を伝えて、後世これだけ人々の心に残るっていうストーリーはよくわかる。
もちろんマイケルは20世紀から今世紀にかけてのスーパースターで充分すぎるくらい評価されている。世界中で比類なきレベルで売れたけど、本当にそのすごさを理解している人は少ないんじゃないか?
彼はダ・ヴィンチや、ミケランジェロや、司馬遷や、紫式部、シェイクスピアみたいに、20世紀のアメリカを代表するエンターティナーとして歴史の教科書にのる存在だ。ヴィヴァルディの「春」みたいに300年後の高校生が「スリラー」のヴィデオを見たりして、20世紀の勉強をするとぼくは思う。
マイケルはそういう存在なんだ。だから、ぼくはずっと好きなんだ。本当に同時代人として大切にしなきゃいけない。今回の事件は、彼を死の寸前まで追いつめた。無罪の人間(マイケルはこころの繊細なひとりの人間である)を間違った情報と偏見でそこまで傷つけたことに反省しない人間は、報道をする資格がないと思う。

