最初に触れておきたいことですが、「幼児虐待」は現代の犯罪の中でも最も酷い種類の罪のひとつだとぼくは考えています。それを前提に。
マイケルは「無実」です。これは単純にぼくが彼に心酔してるから言うことではありません。ぼくの大好きなアーティスト、ジョージ・マイケル、ボビー・ブラウン、ジェイムス・ブラウン、ジョン・レノン、ポール・マッカートニー・・・、みんなけっこう色んな罪状で逮捕されてますが、彼らに対して「無実」だとは思いませんからね。
好きだから「なんでも無実」ではないんです。逆に思いっきり「有実」と断定したいのは極悪な性格のボビー・ブラウン(笑)。もう彼なんてアメリカの横山やすし氏みたいなもんで周囲がみんな迷惑してますし、ジョージ・マイケルの「同性愛公然わいせつ」に至っては武勇伝といってもいいくらいです。
それに比べてマイケルの「少年虐待疑惑」は笑えません。今までマイケルが行ってきた数えきれない子供達、特に病気や障害を持つ子供達への愛情(彼はコンサートと同じくらい、それ以上の頻度で世界中の病院をまわっている)、金銭面でのとんでもない額の寄付、自宅ネヴァー・ランドへの子供達の招待、そしてそのことについて歌った歌にこめられた理想・・・そのすべてが覆されてしまうほどの危機に、今彼はいます。
さてこの裁判、メディアは多分真剣に見てないからか、もしくはわざと触れていないのかわかりませんが、訴えた少年というのは2年前に話題になって放映された英国のジャーナリスト、マーティン・バシールによるマイケルのドキュメント番組に出てきたギャビンくんです。そうです。末期ガンに犯された可愛そうな少年。
余命2週間と医者から宣告され「死ぬ前にマイケルに会いたい」とネヴァーランドにやってきた彼が、なんとマイケルと楽しく過ごすうちにめちゃくちゃ元気に復活した!みたいな話で、トロンとした目で「マイケルのおかげで治った・・・」みたいなことを言って肩に持たれ、「良かったね・・・」とマイケルが答えていた・・・、そんなような場面を覚えていますか?
沢山の子供、特に病気の子供達がここ20年間に世界中からマイケルのネヴァーランドに招待されました。彼らはその中の一家族。結局、ギャビンくんが今思いっきり元気に法廷に出てきている以上、彼は彼ら家族が最初言っていた末期ガンではなかったのでしょう。最初から嘘だった(もしくはマイケルが払った治療費でほんとうに「奇跡的に」治癒した!)ということ。
今回の裁判がもし、マイケルが「一般的に見て変わった人物か?」という裁判だったとします。「変わった考え方、ルックス、変わったものの感じ方をしている」ことが有罪であれば、マイケルは有罪だとぼくも思います。しかし、それとこれとは話が全く違いますよね?
ともかく、核心は「マイケルが性的な対象として子供を見て、そして彼らに対して助平な行為をしたか?」ということ、それだけですよね?
少年少女に性的な欲求を持つ人物は何度も何度も同じ罪を繰り返すといいます。そういう欲望は止められないそうです。それでも犯罪者は他の大人達の目を盗んで子供達に対して犯罪を犯し、日本でも深刻な社会問題になっています。
ではもしも、場所も、状況も作る力があり、子供達から大人気の億万長者で、世界でも指折りの有名人のマイケルのような人物が、そんな歪んだ欲望を持っていたとしたら、どうでしょう?
はっきり言って今までネヴァーランドを訪れた子供の数、数万人のうち、少なくとも数十人に対してそういった行為をしてしまうんじゃないでしょうか?「性癖」とはそういうものじゃないでしょうか?
この2年間、検察は他の被害者を探さなかったのでしょうか?お膳立ては整っているのに、たったひとりにだけ犯罪を犯す異常者がいますか?(ちなみに前回の裁判は単純な詐欺なのでカウントしません。あまりの長く苦しく不毛な裁判に嫌気がさしたマイケルが詐欺師に大金を払ってそのことから逃げました。正直言うとあの時和解金を払ったのが今回の遠因になっているという点で、ぼく個人としてはいくら苦しくても真実をはっきりした方が良かったと思ってはいます。)
マイケルは「無実」。ただしそうは言えども、実際はちょっと怖い。アメリカは訴訟が多い国だと聞きます。なんでもとりあえず訴えとけ!という国で、双方世界最高クラスの法律家がやりあった場合、責める方が強いのは当然です。守るのはひとつひとつていねいに矛盾を探して理屈で納得させなければいけませんが、責めるのは色々言っとけばとりあえず時間は稼げますからね・・・。
ぼくはマイケルを何100年後も尊敬されるアーティスト、例えばモーツァルトやダ・ヴィンチやシェイクスピアみたいな存在だと考えています。シンプルに言えば「スケールがでかい」と、子供の頃から尊敬してきました。
歌もインタビューも、ライヴも、ちょっとしたエピソードもかなり集めました。20年以上そういったものに触れてきて、彼の考えていることの大事なところはなんとなく理解できるようになっています。木の上に登って枝の上で〈ヒール・ザ・ワールド〉を作った人が、こんな子供を苦しめることはしません。
「なんで一度も会ったことないのにそんなこと自信を持っていえるの?」と思うかもしれませんが、そんなことをいう人は訴えた側のギャビンくんと彼の母親に会ったことがあるのでしょうか?どれだけ知っていますか?
少なくともあの世界中が見たドキュメントや、マイケル側が撮っていてその後放送されたもうひとつのドキュメントの中で彼ら家族は「マイケル最高!マイケルに助けてもらった。ありがとう!」と連呼しているのですが、今ではあれが台本通りに演技してただけと言っているそうです。残された映像を見ても、そんなふうにはまったく見えないんです。
さて、もし(敢えて「もし」という言葉を使いますが)、マイケルが無実、そして無罪だった場合、マスメディアはどうおとしまえをつけるのでしょうか。オウム事件の時のKさんのように、被害者を犯罪者呼ばわりしたことを謝罪するのでしょうか?「面白い」、「世界的に有名だ」という理由だけで、追いかけ、追いつめ、どこまでも写真を撮り、盗聴し、そして、ことが終われば知らんぷり。
マイケルの親友だったダイアナ元姫が同じような理由で亡くなった(殺された?)時、パパラッチがどうのこうのと騒いでいましたよね。その調子で、もしマイケルが死んでしまったとしたら(考えたくないですが)、「あのパフォーマンスは人類の宝だった」、「史上最高のエンターティナーだった」とかワイドショーで言うんでしょうか?そんなんじゃ遅いんですよ。
普通の人間なら、こんな理不尽なプレッシャーに四方を塞がれたら2、3日で死んでます。マイケルはあんなに華奢で、か細くみえて、実はものすごいハガネのような根性の持ち主なんで耐えられているんです。無実だからこそ、それを証明するためにこうやって生き続けてくれているんですよ。
じゃ、なぜこの事件はこんなに大きな話題に発展したのでしょうか?答えはけっこう簡単です。
最近日本でも、公正だと思われていた大きな組織のケンカ、NHKと朝日とか、ライブドアとフジとか、もろもろおこってますよね?結局良くも悪くもケンカになればみんな子供みたいに自分達のメンツとかかけて泥試合になるのです。
警察や、政治の世界も、国と国のケンカも結局同じ。マイケルの件も良く似たケースなんです。彼は昔からアメリカにずっとあった「権力」を敵に回したんですね。それは人種の壁であり、経済の壁であり、そして有名であり才能があることで生まれた「強大な発言力」を持ってしまったがゆえに訪れたトラブルなんです。
世界中でイギリスのブレア首相の顔を知らなくても、シラク氏や、チェイニー氏や小泉純一郎氏を知らなくても「マイケル・ジャクソン」を知っているよ、という人は沢山います。それはある種の人々からするととてつもない脅威なんです。
現存するポップスターの中で、彼ほど世界中でその名前や歌が(もちろん「変わった人物」というイメージも含めて)知られている人はいないでしょう。
たとえばアメリカの大統領が発言する、もしもそれにマイケルが反対の発言を歌で表現したとしたとする、それはある種の人々からするととても邪魔なんです。これはただの陰謀論や思いこみではありません。それが証拠に911のテロ直後に〈ホワット・モア・キャン・アイ・ギヴ?〉という素晴らしい曲が、マイケルを中心にレコーディングされ、第二の〈ウィ・アー・ザ・ワールド〉として平和をアピールするため作られましたが、びっくりするくらい色んな妨害にあって未だに正式にリリースされていないのです。
最初に書いたように「幼児虐待」は、現代の人類において最悪の罪のひとつです。
ということは逆から見れば、その最悪の罪を人に、それも子供を心から愛し、世界中の子供達を救うために今まで努力してきた人にひっかぶせ、知らん顔をする・・・、というのはとても酷いことなんです。言うなら自ら深く調べなければなりません。
少なくとも裁判の判決が決まるまでは、「被害者の少年」と当たり前のように言ったりあおったりするのは変な気がします。推定無罪という言葉は裁判の基本じゃないんでしたっけ?日本国内の芸能人がトラブルを起こした際には様々な呼称を工夫するのに、マイケルは100%犯罪者みたいな扱い方です。
みんながそう言ってたから・・・、あの時はそう思った・・・、大衆心理を操作し、盛り上げるだけ盛り上げ、全然知識のない人にコメントさせ(何度も言うがラ・トーヤは妹ではない)、間違った情報を浴びせ続ける。その「好奇心の中の無関心」が、怖いのです。
BGM
THE JACKSON 5
WHO'S LOVING YOU
2004-03-12
(原文ママ)

