友人biceの突然の訃報に、ただただ驚いている。
そもそも、biceは約12年前、同じ事務所アンダーフラワーに所属していた仲間だった。彼女がその事務所に入ったきっかけは、ノーナの97年のメジャー・デビュー・マキシ「Golf EP」にいたく感激してくれたからだという。
人形のような可愛いルックスでありながら、プリファブ・スプラウトやゾンビーズなどのブリティッシュ・ロックが好きな音楽オタク(ノーナ3人の中で最も奥田と交流があったのも上記の音楽の好みを考えれば容易に理解出来る)であり、作詞・作曲だけでなくアレンジメントもこなした彼女。
しかし、そんな音楽的素養も深く、多彩な才能を持つ彼女のことを、それまでちゃんとディレクション、サポートできるチームやスタッフはいなかったようだ。
はじめて出会った時、biceは20代半ばだったが、日本的ないわゆる「可愛い女の子を売る方程式」という枠に押し込められることの息苦しさ、ストレスを感じていた時に、ノーナの「Golf EP」を手にとったと、彼女は僕に教えてくれた。
ノーナのようなバンドが所属する事務所なら必ず、自分の音楽もまっすぐなカタチで制作し、リリース出来るはずだ、と彼女自らアンダーフラワーにコンタクトをとったのだという。
奥田や、小松にとっては、biceとの仕事は最初期のサポート仕事であった。しかし、シンガー、ソングライターとして役割がかぶる僕にとって、彼女はムーミンにおけるスナフキンのように数ヶ月に一回とか、一年に一回とか、突然連絡が来たり、遊びに行ったり、食事をしたり、という関係が10数年続く独特の距離感を保った仲間だった。
ただ、同じ時代を生きるシンガー、ソングライターとして一種の信頼関係のようなものもあり、何か困ったときは相談してきてくれたように思う。
ただし、そのタイミングはいつも絶妙に悪く(笑)というか、終止彼女の勝手なペースで進行した。
例えばある時などは昼過ぎに「作詞で悩んでいるから、郷太君の作詞法を教えてほしい」と神妙な電話がかかってきたので、こちらも真摯に対応せねばと思い、「どういう状況?うーん、俺の場合は・・・」などと会話していたら、5分くらいたって、biceが「あ!あたし、約束の時間忘れてた!ごめん!後でかける!」などと突然切られたり・・・。「なんやねんっ!お前から電話してきたんちゃうんかいっ(笑)!」と、僕は取り残されて茫然とした。
彼女が結婚する時も、いきなり半年ぶりくらいに電話がなり、「あたしさぁ、4月○○日に結婚式するじゃない?で、郷太君に披露宴で《BAD》歌ってほしいんだけどぉ」と独特のけだるいbiceの声がする。
「えぇ!まず、整理しよう。結婚式するじゃない?って君結婚すんの?知らんかった!!!お、おめでとう!」というところからビビらされた僕。「で、披露宴で歌うの???それもなんで、俺がマイケルの《BAD》やねん???だいたい《BAD》なんて、結婚式のテーマとそぐわないし、その前に君の旦那さんもお会いしたことないし・・・。絶対スベるの確定やん(笑)。"who's BAD?"って、旦那さんや向こうの親族からしたらお前が誰?ってなるで・・・」と。一事が万事このような感じ。
彼女の周囲にはそういうすっとんきょうな笑い話が満載で、昨日からbiceが亡くなったことで沢山の友人と(久しぶりの人も多かった)会話したのだが、みんな同じようなエピソードを多数持っており、すべての人にとってあまりにも不意で、狐につつまれたような、不思議な感覚を何度も共有することになった。
ご主人が音楽関係の人ではなかったこともあり、ミュージシャン達が訃報を知った頃にはご親族だけで葬儀も終えられていた。そのことも僕や音楽仲間にとっては実際彼女が亡くなったということを実感できず、悲しいことよりbiceとの楽しかった、面白かったエピソードばかり思い出されてきてしまう理由になっている。
今思えば、確かに彼女はもともと体が丈夫なタイプではなかった。実はアルバム《GO》に収録された〈CLAPPIN'〉で、biceにコーラスを頼んでいて、彼女も前述のようにノーナには特別の想いを持ってくれていたので、そのオファーをとても喜んでくれていたのだが、結局彼女の体調不良により、予定は当日にキャンセルされ実現しなかった。
〈CLAPPIN'〉は、《GO》の中でも最終段階でレコーディングした曲だったから、締め切りの関係で、彼女の参加を待つことなく完成するしかなかった。今となっては、非常に心残りである。
知っている人なら、あの曲で「Let's clap in the morning...」と彼女が僕と一緒に歌うのが、容易に想像出来ないだろうか?レコーディングの際、コーラスはbiceしかいない、と思った。しかし、それは叶わなかった。でも、もちろんこんなことになるだなんてその時は想像もしていなかったから、また次の作品でフィットする曲があれば参加してもらえばいいか・・・、と軽く考えていたのだ。
結局、今となってはなぜか不思議なくらいだが、同じ事務所でリスペクトしあっていた関係の彼女がノーナの作品に参加してくれた音源はない。しかし、僕個人でbiceと一緒に歌った楽曲は二曲残された。
2003年シティ・ボーイズの舞台「NOTA」のために作ったオープニング・テーマ曲「Welcome to the showtime!」と、ノーナのファンクラブCDに収録した小曲「エディのタンバリン」。
レコーディング・スタジオで楽しそうだった彼女の笑顔が胸に浮かぶ。
最後に。
あれは、2002年くらいだっただろうか?渋谷のエッグマンで行われた、biceのライヴで、彼女が「Golf EP」に収録された僕らのデビュー・シングル「Forty Pies」をカヴァーしてくれて、それを客席で僕が観ていたことがあった。
なんと、その時の彼女のバック・メンバーは、ドラム小松、ベース千ケ崎、ギター奥田、キーボード窪田君という当時のノーナのライヴ・メンバーそのまま。
ライヴ終了後、悪戯っぽく僕に「郷太君、どうだった???」などと尋ねてくるbiceに、「どんなクーデターやねん!!」などと僕は笑ったものだ。
彼女は本当にノーナを好きでいてくれた。
半年後くらいにまた笑える電話がかかってきそうな、そんな気持ちは正直まだ消せない。
合掌